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江戸という文明

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幻の剣術

江戸時代中期、日本剣術史上最強とも噂される
天才剣客がいました。その名を真里谷円四郎と
いいます。

千回を超える他流試合に一度も破れることなく、
門弟が一万人以上にも及んだという、ケタはず
れの記録を持っています。

この数字がどれくらいすごいかというと、宮本
武蔵が「五輪書」の中で述べているのは、

 60数回の勝負で一度も負けなかった

ということ。これもすごい記録ですが、円四郎
の場合は二桁違う。

また、幕末に一世を風靡した北辰一刀流の千葉
周作の門人でも約6,000人であったことと比較
すると、円四郎の弟子の数がいかに多かったか
がわかります。

にもかかわらず、です。

現在、真里谷円四郎の名前は一般にはほとんど
知られていないでしょう。また、円四郎が属し
た無住心剣術という流派についても、あまりな
じみがないのではないでしょうか。


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●剣の精神誌
〜無住心剣術の系譜と思想〜
著:甲野 善紀
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本書は、資料が少なく神秘的な流派として伝わる
無住心剣術に関する詳細な研究です。わずかに残
された伝書を収集し、読み解き、整理した労作。

その結果、無住心剣術という流派の全体像が浮か
び上がり、開祖・針ケ谷夕雲(せきうん)、二代・
小出切一雲(いちうん)、そして三代・真里谷円
四郎の性格まであざやかに描き出されています。

無住心剣術があまりに高度であったためとも、円
四郎があまりにも天才であったためとも言われま
すが、この流派は三代・真里谷円四郎で途絶え、
後を継ぐ者がいなくなってしまいました。そして、
円四郎も無住心剣術も、歴史の闇に消えていった
のです。

無住心剣術は、一切の型を捨て去り、剣を片手に
持ってただ振り上げておろすのみという、見方に
よってはシンプルな、それゆえきわめて困難な、
教えです。この特異な剣術は、型を持たぬがゆえ
に伝承が難しかったのだと思われます。

中国に意拳というすぐれた拳法があり、この流派
もやはり型を捨て、タントウという立位の瞑想法
を稽古の中心に据えています。無住心剣術も心法
を重視し、一切の人為的な技や動きにとらわれな
いことを求めたようです。

この本は、著者(甲野氏)のすさまじい執念も、
古文書からの謎解きのおもしろさも、嫉妬や陰謀
渦巻く剣術界のドラマとしても、そして超然と我
が道を歩んだ真里谷円四郎という達人の魅力から
も、本当におもしろい一冊でした。


目次:
(一)無住心剣術の幻影
 現代社会にみる剣術思想の影響―小林秀雄の武蔵観/山田次朗吉と『日本剣道史』/白井亨の役割/「強さ」このはかりがたいもの/本書執筆への軌跡
(ニ)無住心剣術の生い立ち
 無住心剣術開祖、針ヶ谷夕雲/無住心剣術二代、小出切一雲/異端の天才剣客、真里谷円四郎/術技を捨てたその幻の剣術とは(一)/型破りな剣術思想/異端児、円四郎への風当たり/小出切一雲の晩年/無住心剣術の消滅―真里谷円四郎の死
(三)白井亨は無住心剣術を再興したか
 白井亨の生い立ち/寺田五郎衛門のこと/練丹のこと/徳本行者のこと/寺田における心剣の剣術/天真白井流への軌跡/天真白井流の剣術原理
(四)江戸時代が育てた剣術の技と思想
 『猫の妙術』の世界/千葉周作にみられる近代合理性の萌芽/無刀流開祖、山岡鉄斎/無眼流のこと
(五)日本の剣術思想にみられる「気」の概念
 「気」の概念の芽生え/無住心剣術における「気」/丹田の発見/無住心剣術における気の練成
(六)逆縁の出会い
 命のやりとりをどうみるか/日本における武の思想の特色
(七)相ヌケの思想―武家思想に与えた禅の影響
 相ヌケを起こさせるもの/無住心剣術、術技を捨てた幻の剣術とは(二)/感応同調の剣術/人間にとっての自然とは
結び


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●逝きし世の面影
著:渡辺京二
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江戸時代後期は、私たちが思い描く「幕府の専制
や重税に苦しみ自由のない庶民」とはまったく
イメージの違う社会だったようです。

そこには、質素でゆたか、自由で快活、礼儀正し
くて清潔、笑いとユーモア、官能と娯楽、高度な
工芸技術、知的な洗練が満ちあふれていた。西洋
とは別種の「ゆたかさ」がありました。そしてそ
れは、現代日本とも別種のゆたかさでした。

渡辺京二氏は、幕末から明治初期にかけて来日し
た外国人が記録した日本に関するおびただしい数
の文献を整理し、日本人が、いや人類が捨ててき
てしまった「ある文明」の姿をあざやかに描き出
します。


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●江戸ふしぎ草子
著:海野 弘
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江戸を舞台にしたなんとも不思議な物語集。「結び人」「神足歩行術」「鋳物師」「煙芸師」「女画家」「深川の悪婆」「蝿とり武士」「穴掘りの意地」「経師屋」「花火師」「松前風流女」「甘酒売り」「的人」「生人形師」「富突」「おまじない横丁」「仕組屋」「将棋指し」「俳諧飛脚」「枕売り」などなど。全体に漂う切ないロマンスと上品なエロスが秀逸。

投稿者 kurosaka : 2007年8月 2日