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<丹田論争>呼吸法に関する意見交換 (1)〜(6)

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第三集:

第1回 腹「圧」呼吸という呼称
第2回 不完全な腹式呼吸
第3回 アクビのうまいへた
第4回 へそ上を意識する
第5回 ウィーンフィルの奏法
第6回 丹田とはどこか

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           <丹田論争>
       呼吸法に関する意見交換

          第1回 2002.3.22



<関西TY氏からのご意見>
私は、以前より疑問に思っていたことがあります。演奏
時は腹圧が高められた状態になることは分かっていたの
ですが、いわゆる腹式呼吸を行なった場合、瞬間的にブ
レスをとるときに、その高められた腹圧を一時解除し、
もう一度腹を膨らませて息を吸うということがどうして
もできなかったのです。ブレスに長い時間を取れる場合
は問題ないのですが、長いフレーズを吹くようなときは
どうしてもできませんでした。


<黒坂からTY氏へ>
腹式呼吸を「腹で吸う」と考えると、こういう疑問は出
ると思います。武道の世界では、吸息時はもとより呼息
時もつねに腹圧をかけつづける(ふくーふく)呼吸を戦
闘的丹田呼吸法(流派によって呼び名はさまざまですが)
として練習するそうです。

腹圧は、呼吸と関係なく、つねにかけ続けることができ
るのですね。私は「腹式呼吸」よりも「腹圧呼吸」とい
う名前を使うほうがよいのではないかと考えています。


<TY氏から黒坂へ>
今回のレポートを読み、チェストアップやジェイコブス
の呼吸法をもう一度調べ直し、実践した結果、はるかに
以前より演奏することに余裕ができ、また、アンブシュ
アに対する負担も軽減されたように思います

 (黒坂註:ジェイコブスの呼吸法)
  元シカゴ交響楽団テューバ奏者アーノルド・ジェイ
  コブスの指導を、元ニューヨークフィルのフルート
  奏者キース・アンダーウッドが発展させた呼吸法。 

ゴードンやファーガソンは、息を支えることが大事だと
訴えてますが、ジェイコブスの場合は、「息を支えると
いうことは身体のどこかを固定することになり、自然な
呼吸ができない」といいます。

しかし私は、演奏する音楽のジャンルや楽器によって異
なるものと考えてます。ジャズ奏者はハイスピードの息
が必要ですが、ウォームブレスを唱えているフィリップ・
スミスのようなクラシック奏者にはハイスピードの息は
必要ないからです。


<黒坂からTY氏へ>
これについては「考察第5回」で、私もふれています。
安定は容易に固定につながる。安定とは固めてしまう
ことではなく、十分にバランスをとることである。固め
ることなく安定を獲得するためには、脱力の専門的トレ
ーニングが必要となる、と。

「ジャンル」「マウスピース」「楽器」の違いはたしか
にさまざまな影響を奏法に与えると思います。しかし、
呼吸法の基本は同じというのが私の考えです。

つまり、ジャンル、マウスピース、楽器の違いを越えて、
求められる音楽的要件を満たすために、ありとあらゆる
「呼気」を自在に作りだせるようにコントロールするこ
と、これを理想として練習するのが正しいアプローチだ
と考えるのです。


<TY氏から黒坂へ>
レポートを読ませていただいて、管楽器の呼吸法の基本
について、私なりに理解したことを書いてみます。

呼息において、身体に力を入れたり、力を入れなかった
りと断片的に捉えるのではなく、力の入れ具合を状況に
応じて自由にコントロールできることが重要である。


<黒坂からTY氏へ>
「状況に応じて自由にコントロールできる」のは理想で
すが、現実的にはかなり難しいでしょう。まず、身体各
部の「力の入り具合」は時々刻々変化している、という
事実を自覚することが第一ステップだと思います。

そのためには、徹底的に「脱力」することが前提となり
ます。全身のいたるところを脱力するトレーニングを行
ない、身体のどことどこが「入力状態」であるかを把握
するのです。

腹式呼吸否定論者が「腹での呼吸」を嫌う理由のひとつ
は身体のこわばりです。しかし身体がこわばるのは腹式
が原因ではなくて、脱力能力の不足だと思います。


つづく。

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           <丹田論争>
       呼吸法に関する意見交換

          第2回 2002.3.25



<関西TY氏から黒坂へ>
私は、レポートをお送りいただくまで、腹式呼吸は上腹
部を膨らますものと思いこんでいました。上腹部を膨ら
ますのは一体何呼吸なんでしょうか?


<黒坂からTY氏へ>
呼吸法の世界では「腹式呼吸」「胸式呼吸」「胸腹式呼
吸」「逆式呼吸」「丹田呼吸」「努力呼吸」「横隔膜呼
吸」などなど、さまざまな用語がけっこうあいまいな定
義のもとで広く使われています。

同じ呼び名の方法でも流派によってやり方は違いますし、
似た内容のものをまったく別の名で呼ぶこともあるよう
です。

したがって「上腹部を膨らます」呼吸をなんと呼ぶか、
はっきりとした答えを私は持っていません。ただ、一般
に腹式呼吸といわれるものは、下腹部に圧をかけること
によって得られる効果を重視した呼吸だと考えられます。

「上腹部を膨らませる」呼吸は、不完全な腹式呼吸だと
いうのが私のとらえ方です。ただ、関東のTK氏が教えて
くださったウィーンフィルの「へそ上を意識する奏法
(後述)」を読むと、そう簡単に「不完全な」といって
はいけないような気もしますが・・・。


<TY氏から黒坂へ>
呼吸法レポートを頂き、とにかく実践することが大事だ
と思い、とりあえず不完全な腹式呼吸を改め、胸式呼吸
を取り入れました。最初のうちは調子良かったんですが、
しばらく回数を重ねていくと、演奏時に妙な身体の震え
(上半身から顔面にかけて)が現れました。

何が原因かは分かりませんが、感覚的には「息の支えが
無くなった」ためのような気がいたしました。そのため、
身体が力むようになり、結果的にブレスを取ることが不
自然になりました。

試しに腹式呼吸で演奏すると、安定して演奏することが
できたため、胸式呼吸をやめ、腹式呼吸に変えたところ、
身体の震えもなくなり、ブレスコントロールも安定して
行なえるようになりました。(中略)今は丹田を意識し
た腹式呼吸を意識して練習しています


<黒坂からTY氏へ>
呼吸法において、自分では身体の前面・背面の両方へ均
等に吸息しているつもりが、実際は前側だけに息が入っ
ていることがあります。

「腹式」呼吸という名前は「腹圧」呼吸のほうがいいと
以前に述べましたが、もっと厳密にいうなら「腰腹圧」
呼吸です。

人間の意識は背面には向きにくいので、「腹圧」では、
どうしても体前面ばかり意識してしまう。腰の意識を濃
くする意味でも「腰腹圧」呼吸がよいのではないかと思
います。

以上、関西のトロンボーン奏者TY氏との意見交換を抜粋
してお届けしました。次回からは、関東のホルン奏者TK
氏との議論を中心にお届けします。

つづく。

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           <丹田論争>
       呼吸法に関する意見交換

          第3回 2002.3.26



<関東TK氏から黒坂へ>
私がこれまで見聞きした世界的プロの実演、レクチャー、
書籍などから共通項を抽出すると、スケールやアルペジ
オを吹くような場合、息とアンブシュアの貢献度は9対1
くらいで、息の重要性が高いという認識です。

ホルンの場合、クラシックで要求される音域、スタイル
の幅がかなり広いため、テクニカルな要求に応じて、マ
ジオシステムからスーパーチョップスまで運用せざるを
得ない局面に出くわしますが、ことレジスターコントロ
ールに関しては息が全てになります。

クラシックの世界というよりもオーケストラの世界では
呼吸法に対する要求は非常に大きいものがあります。こ
れはオーケストラ音楽がある意味で「奴隷の音楽」であ
り、オーケストラプレーヤーはガレー船の漕ぎ手の資質
を要求されることによります。

もちろんどんな大オーケストラでも、基本はアンサンブ
ルなのですけれども、指揮者というものが絶対的存在と
してあるかぎり、自分のフレージング、自分のテンポが
許される余地は極めて限られています。

「まま」呼息については全く異論がありません。という
より、これはある程度以上の技術の人であれば「吹いて
みればわかる」の世界。ふだんは意識していない人の方
が多いと思いますけれども、一応吹けるレベルの人なら
「言われてみればそうだな」と思うでしょう。

自然な深呼吸は先天的、本能的なものです。ふだん浅い
息をしている人でも、まとまった運動をした後、ゼーゼ
ーいうパニック呼吸が一段落したあたりでの深い呼吸は、
みな出来ています。

また、もっと本能的なものとして、アクビがあります。
アクビは脳が酸欠気味でボーッとしてきたときに体に行
なわせる強制深呼吸で、「ア」音の口を開け、肺の底の
方までたっぷりとした息をとり、そのままゆっくりした
呼気に移行します。アクビの呼吸は金管楽器の呼吸法と
して理想的なものの一つです。


<黒坂からTK氏へ>
この議論は以前にもふれたとおり、「自然」という言葉
がネックになると思います。たしかに人間の身体は本来、
先天的に「自然(=理想的)な」呼吸ができるようになっ
ているはずです。

しかしながら、成長するにつれて、人間は好ましくない
癖をいくつも身に付けていきます。これは、我々の生活
がきわめて「不自然」であることからくるものでしょう。

「自然に呼吸する」という場合、通常は「意識的努力を
ともなわない呼吸をする」と同義である場合が多いと思
われます。このときになされる呼吸は、「理想的」とい
う意味での「自然」ではなく、むしろ「我流」に近い内
容でしょう。そして「我流」はふつう「不自然」なので
すね。

運動後の呼吸やアクビなどは、「理想的」という意味で
の自然な呼吸と呼んでもよさそうですが、それも若年層
に限っての話かもしれません。個人差はあるものの、あ
る程度以上の年齢では、呼吸筋群はもとより全身の内臓、
筋肉が固まってしまうため、「自然」でなめらかな動き
をできないことが知られています。

ひらたくいえば、アクビにも「うまいへた」があること
は事実として認識すべきであり、アクビ上達のためにも
自覚的・継続的な脱力トレーニングが欠かせない、とい
うのが私の考えです。


<TK氏から黒坂へ>
運動後の呼吸やアクビのような深い呼吸は、平静状態に
は体が必要としていないものですから、これを必要に応
じて自分で再現できるようになれば、吸気の問題はほぼ
解決したようなものです。

自分の肺活量(=楽器演奏に使える全空気量)を100と
して、それを110にする試みにはあまり意味がありませ
ん。たとえばシカゴシンフォニーの元3番ホルン奏者
(まれに1番を吹くこともあり)は女性でしたが、確か
肺活量は3000台くらいしかなかったと思います。それで
も、ブレスコントロールがしっかりしていれば、あのス
ーパー大音量オケのホルン奏者がつとまるわけで、大事
なのは、吐き方、使い方です。


<黒坂からTK氏へ>
アクビを自在に再現できるようになろうという意見には
賛成です。たとえアクビが、言葉の真の意味で理想的で
はなかったとしても、日常レベルで考えれば相当ハイレ
ベルな呼吸であることは事実だからです。

また、シカゴシンフォニーの女性ホルン奏者の話にはと
ても勇気づけられます。


つづく。

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           <丹田論争>
       呼吸法に関する意見交換

          第4回 2002.3.27



<関東TK氏から黒坂へ>
アクビの呼吸は理想的と書きましたが、楽器演奏とは明
らかに異なるポイントが吸気から呼気に移る段階にあり
ます。管楽器を吹く場合には吸気が終わって呼気に移る
段階で、楽器を吹奏するために必要な全ての筋肉群が待
機状態になっていなければならない。しかしそこに注意
を向けると、自然なアクビからどんどん離れていってし
まうというジレンマに陥ります。

吸気から呼気の間にいったん息を止めるべきか否かにつ
いては議論のあるところです。私の経験からいうと吸息
後、息を止めることなく呼気に移るやり方が上手く出来
るようになると、非常にスムーズなアーティキュレーショ
ンが出来るようになります。音の頭に付帯物がつきにく
く、出だしからフリーブローイングな良い音が出しやす
くなります。

金管楽器奏者には、息を一度止める人が多いのですが
(アンブッシャーセットのためか?)、歌手は歌い始め
には息を止めていません。しかし休符で始まるパッセー
ジなどの場合には止めずに吹くことは極めて難しいこと
から、一度止めて呼気に移るというテクニックも絶対に
必要なものです。

吸い終わったときに楽器演奏ためのブレスコントロール
が出来る体勢を作りながらも自然な深い呼吸から大きく
逸脱しないために、たとえば

1.アクビから進んで
2.「口はアクビと同じ<ア>の形で」から始まって、
3.「それしか手段が無い時以外鼻で吸わないイメージ」、
4.「空気を液体のように捉えて、冷たい水を飲んでいる
 イメージ(喉の前側を流し落とす感じをつかむと肺の
 深いところに空気を捉えるイメージにつながる)」

など自分の吸気からセットアップまでの段階確認チェッ
クリストを作り、演奏がうまくいかないときにチェック
することが出来るようにしてゆくのです。

他にも瞬間的なブレスの場合にはスタカート、フォルテ
シモ、アクセントで「マッ!」という発音そのままの形
で、発声する変わりに吸気するなんてティップスもあり
ます。これも基本はアクビから外していない。


<黒坂からTK氏へ>
つまり、「すべての吸息は呼息のために」ということで
すね。私も同意見です。また、細かなテクニックをいく
つもご紹介いただき、ありがとうございました。

「呼吸の折り返し点」「止息」などは、呼吸法にとって
たいへん重要なポイントですので、後日あらためてふれ
たいと思います。


<TK氏から黒坂へ>
吐くときお腹の筋肉は意識して使います。でも、金管楽
器演奏時に意識して使うお腹の部分は、実は呼吸上大切
な丹田ではなく、皆が指差す「おへそより上」です。こ
の部分は、非常に誤解されていることが多い部分で、日
本の指導者の9割以上が今でも「ヘソの下」指導をしてい
るはずです。


<黒坂からTK氏へ>
関西Y氏との議論で、上腹部を膨らませる呼吸法を「不
完全な腹式呼吸」であると申し上げた私としては、この
あたりは、つっこんだ議論をしたいところです。ひとま
ず、私の考え方を以下に整理しておきます(高岡英夫氏
の運動科学理論を参考にしています)。

 1.丹田は解剖学的構造ではない。すなわち丹田は器官
  でも筋肉でもない。
 2.では丹田は何か。それは「機能的中心」である。
 3.ヘソ下に丹田という名の機能的中心を定位すること
  によって、身体運動(ここでは管楽器演奏)のパフォ
  ーマンスアップをはかるのが腹式呼吸の目的である。
 4.丹田の役割は、自らを取り囲むまわりの筋肉群をコ
  ントロールするという「機能」である。
 5.つまり、腹腔の「上・下・前・後」の筋肉群(註1)
  を、総合的かつ効率的に制御するために、丹田とい
  う機能的中心を「想定する」のである。
    (註1)横隔膜、腹横筋、腸腰筋など
 6.したがって、「丹田を意識すること」と「ヘソ下あ
  たりの筋肉を直接使うこと」とは、意味が異なる。
 7.腹腔という何もない空間をコントロールセンターと
  して使うことで、呼吸にかかわる筋肉群を間接的に
  制御するのが、丹田を想定することの意義であり、
  腹式呼吸の主要な目的のひとつである。

こういう観点からTK氏の

> 楽器演奏時に意識して使うお腹の部分は、実は呼吸上
> 大切な丹田ではなく、皆が指差す「おへそより上」

という表現を拝見すると、少し曖昧に感じられます。実
際に働く「お腹の部分」は、たしかに丹田そのものでは
なくてまわりの筋肉なのですが、「演奏時に意識して使
う」のは、やっぱり丹田だと思うからです。

TK氏のおっしゃる「おへそより上」を含みつつ、丹田を
取り囲む上・下・前・後すべての筋肉が連係しながら呼
気を作り出すというのが、よりマクロな認識ではないで
しょうか。


つづく。

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           <丹田論争>
       呼吸法に関する意見交換

          第5回 2002.3.28


<黒坂から関東TK氏へ>
(TK氏の発言より)
> 日本の指導者の9割以上が今でも「ヘソの下」指導を
> しているはずです。

私が問題にしたいのは、「ヘソ下を意識せよ」という指
導そのものではなくて、丹田を解剖学的構造であるかの
ように錯覚している認識のほうです。

先述の通り、丹田に実体はなく、あるのは機能だけなの
です。この点を理解しておられない指導者が多いのは事
実だと思います(註1)。

 (註1)
  「丹田に実体はなく」というのは、解剖学的な構造
  がないという意味です。意識としての構造はちゃ
  んと存在します。というよりも、丹田とは「意識の
  構造が機能を有したもの」と定義すべきなのです。

  点としての丹田を重視する合気道、線状・面状の丹
  田を鍛練する剣道、立体としての丹田を育成する気
  功など、種目・流派ごとに、きわめて明解な肉体感
  覚をともなう構造として、丹田は想定されています。

  ちなみに、このほかにも、「二重・三重構造の丹田」
  や、運動性の高い「動的丹田」など、さまざまな種
  類の丹田を想定することが可能です。


<TK氏から黒坂へ>
私も従来丹田の部分を非常に重要だと考え、実際そこに
意識を集めていたし、人にもそう教えていたのですが、
割と最近ウィーンフィルのホルンの皆さんの話を聞くこ
とが出来、自分でもやってみて考えが変わりました。

金管楽器というのは音程を息のスピードだけで変えるの
が理想的です。全く同じアンブシュアとアパチュアで、
息のスピードだけを変化させるのです。

息のスピードは出る音の周波数に比例し、オクターブの
跳躍は、ちょうど倍のスピードの息を使うことによって
実現します(だからオクターブくらいならアンブシュア
が完璧でなくてもスピードコントロール奏法で跳べる)。

ウィーンフィルの使っているウィンナホルンという楽器
はF管しかないため、第16倍音までを自在にコントロール
するためには1倍から16倍まで息のスピードを自在にコン
トロールしなければなりません。

理論通りにそんなこと出来ませんので、アパチュアを少
し絞って(流路を狭くして)スピードを上げたり、マウ
スピースのカップに当てる角度を変え、その反射の影響
を利用して、スピードコントロールとは異なったメカニ
ズムで定在波を発生させるわけです。

ウィンナホルンは、楽器もマウスピースも極めて特殊な
ため、ブレスコントロールに負うところが非常に大きい
のです。モダンな楽器やマッピがメカニカルにサポート
している部分が全く無い楽器なので、理想に近い状態で
きちんと吹かないかぎり吹けないのです。

ウィンナホルンで練習した後通常の楽器に移ると、あら
ゆることが非常に容易にできるようになります。私自身
もトレーニングに使っていますが、世界的プロも、自宅
の基礎練習ではウィンナホルンという人が結構います。

そういう難しい楽器を使いこなしているウィーンフィル
のホルン奏者たちが、「ヘソ上」を意識して演奏するこ
との重要性を強調します。

もともとヘソ上派とヘソ下派はいたので、最初それを聞
いたときには、彼らは西洋人だから、多くのヘソ上派同
様、強力な腹筋の有るココを使えというのだな、とタカ
をくくっていました。

ところが、よくよく聞いてみると、とにかくヘソ上に意
識を集中しないと「喉が変わる」というのです。それを
聞いて、私なりに注意深く実践してみました。

ヘソ上に意識を持ってきたときとヘソ下の時とを比較し
て、腹筋まわりの緊張感あるいは脱力感についてはかな
り似ています(似せることが出来るというべきかな)。
微妙に違う部分は散見されますが、どちらでも楽器は吹
けるし、どちらかというとヘソ下に意識があるほうが、
より吸気が深く、力強い感じになるよう思えました。

ホンのわずかなことなのですけれど、ヘソ下に意識を持っ
てくると、胸の上部から喉にかけて絞まる(というより
も軽く力が入る感じとでも言いましょうか)のがわかり
ます。丹田に意識を置いて息を吐いたときに、通常は良
い方向に働いている筋肉の一部が、楽器を吹く邪魔にな
るのです(ほんとに微妙なものですけれど)。

「ヘソ上」を意識したときの結果は、私としては劇的で
した。それまで、お腹、特に下腹部をフリーにするため
に本番の時はズボンをサスペンダーでつっていたのです
がヘソ上を意識するようになると、逆に邪魔な部分に当
たるようになったため、今はベルトに戻しています。

私には丹田を点や面など使い分けて意識できません。も
しそれができるのであれば、他の筋肉のコンビネーショ
ンはそのままに、喉のテンションだけを外すことが出来
るのかもしれませんけれども。

今の段階で私が言えることは、吸気までは丹田に意識を
おいても良いとして、楽器をコントロールする「呼気」
の段階においては、へそ上に意識を移すことで、よりス
トレスフリーな吹き方が出来る。何よりも圧倒的に息の
スピードコントロールが良くなるということです。

つづく。

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           <丹田論争>
       呼吸法に関する意見交換

          第6回 2002.3.29


<黒坂からTK氏へ>
ウィーンフィルの「へそ上を意識する奏法」は、たいへ
ん興味深い身体および意識の使い方だと思います。要点
としては、

 1.ヘソ下(丹田)を意識した呼気は胸から喉が緊張する
 2.ヘソ上を意識した呼気は胸から喉を弛緩できる

ということですね。喉の緊張は「ヘソ上呼息」によって
のみ解放されるものなのか、それとも「ヘソ下呼息」の
まま喉を解放する方法があるのか、これは研究してみる
価値がありそうです。


<丹田とはどこか>
ヘソ下に意識を置くことで喉が緊張するとすればその原
因はなにか、ということについて考えましょう。まず、
盛鶴延(せい・かくえん)という気功師がお書きになっ
た「気功革命(太田出版)」という本から、抜粋して引
用します。

  効果的な腹式呼吸の方法に丹田呼吸法があります。
  丹田から息を吸って吐く方法です。丹田が呼吸して
  いるようにイメージします。その時、もうひとつの
  頭が丹田のところにあって呼吸しているイメージを
  持つとうまくいきます。

  中国の秘伝の呼吸法では、その頭が前を向いている
  のではなく、後ろを向いているとイメージします。
  そのほうが効果が高いのです。なぜなら、お腹の中
  の頭が後ろを向いた時に、鼻と口がある場所がすな
  わち丹田の場所だからです。これは中国に気功の勉
  強に行ってもなかなか教えてもらえない、ひとつの
  秘伝のイメージ法です。

一般的に丹田は「臍下(せいか)」つまりヘソ下3寸く
らいに位置するといわれています。しかし、以前にも申
し上げた通り、丹田は各人が想定する意識構造であって
器官ではありませんので、人によってその形、位置、大
きさ、質感、運動性などが異なります。

盛鶴延先生の記述が興味深いのは、丹田の位置を体内の
奥深くに想定しておられることです。この説にしたがっ
て丹田の位置を特定するならば、「仙骨の前、膀胱の裏」
あたりになります。ヨーガでいう「スヴァディシュター
ナ・チャクラ」もこのあたりではないかと思われます。

丹田の位置を「仙骨の前、膀胱の裏」に想定するならば、
それは「腹」というよりも「腰」と呼んだほうがよいく
らい背面側です。


<ウィーンフィルのヘソ下はどこか>
ウィーンフィル・ホルン奏者の説は「ヘソ上に意識を集
中しないと喉が変わる」というものであり、TK氏も「ヘ
ソ下に意識を持ってくると胸の上部から喉にかけて絞ま
る(軽く力が入る)のがわかる」とおっしゃっています。

注目したいのは、ウィーンフィルやTK氏の感じておられ
る「ヘソ下」の位置です。もしそれが体の前側表面の筋
肉(腹直筋)をさしておられるのだとすれば、盛鶴延先
生の想定する丹田とは、位置がずいぶん異なります。

 <仮説>
  「体表面ヘソ下の腹直筋」が筋緊張すると、それに
  連動して胸部から咽喉部にも緊張が伝わる。この緊
  張を緩和するために、ウィーンフィル・ホルン奏者
  は「ヘソ上」へ意識を移動する。

  したがって重要なのは「ヘソ上を意識する」ことそ
  のものではなく、「体表面ヘソ下の筋緊張を解放す
  る」ことである。それさえ解放できれば、胸部から
  咽頭部の連動緊張も緩和される。

  体表面ヘソ下の脱力をうながすコントロールセンタ
  ーとして「ヘソ上」を使っているのであれば、それ
  が「盛鶴延先生の丹田」であっても、目的は達成で
  きるのではないか。

 <実験>
  1.「A.体表面ヘソ下」から「B.体表面ヘソ上」への
   上方移動
  2.「A.体表面ヘソ下」から「C.盛鶴延先生の丹田」
   への後方移動
  3.「B.体表面ヘソ上」から「C.盛鶴延先生の丹田」
   への後方・下方へのナナメ移動

呼気動作中、この3つの対比を行なってみます。あくま
でも私の個人的な感覚ですが、「AからB」と同様に「A
からC」の場合も、喉の緊張は緩和されます。

また、私に関しては、「BからC」を行なうとさらに胸部・
咽頭部が解放されるようです。つまり、「B.体表面ヘソ
上」よりも「C.盛鶴延先生の丹田」のほうが、脱力しや
すいと感じるのです。

結局、体表面ヘソ下の腹直筋が筋緊張すると、なぜそれ
に連動して胸部・咽喉部にも緊張が伝わるのかは、わか
らないままです。ただ、腹腔の「上・下・前・後」の筋
肉群をなるべく自由な状態にしておいたほうが、レベル
の高い呼気コントロールが行なえるので、ウィーンフィ
ルの奏者は「腹腔前部」の自由さを確保するために、ヘ
ソ上へ意識を移したのではないかと推論できます。

<丹田論争:呼吸法に関する意見交換>はこれで終わり
です。次回からは「深いリラクセーションのために:波
呼吸法」をお届けします。


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投稿者 kurosaka : 2004年3月15日