エリック・マリエンサルのサックス講義録
Free jazz saxophone lessons with Eric Marienthal
マイナスの学習をしないために
ちょっと一息:エリックの日本語修行
私(黒坂)は、これまで何度もエリック・マリエンサルのクリニックや個人レッスンで通訳をしてきました。彼の中心的アイデアは「基本に忠実に」です。
●ゆっくりと
●慎重に
●正確に
●均等に
●すべてをコントロールしながら
これらのポイントを確実に守って練習した結果がエリックのあの「美しいサウンド」「正確なピッチ」「制御されたタイム感」なのでしょう。
たとえば単音の吹き伸ばし(ロングトーン)をするとします。このとき奏者は「サウンド=音色」「ピッチ=音程」などに対して十分な注意を払うことができます。
しかしそこに、たとえば「ビブラート」という技術を加えると、たちまち「音色」「音程」に影響が出ます。エリックは「テイクオーバーtake over=乗っ取る」という言葉を使います。ビブラートがサウンドをテイクオーバーしてしまうというわけです。
同様のことはアーティキュレーションにおいても起こります。ロングトーンのときは万全の音色であっても、スタッカートやスラーで吹くことでそのクオリティが落ちる。アーティキュレーションがサウンドをテイクオーバーするのです。
「フィンガリング」「インプロヴィゼーション」「フレージング」などなどサウンドをテイクオーバーする要素は無数にあります。
そしてもっとも重要なのは、練習しているときそれらの技術的要素が自分のサウンドをテイクオーバーしていることに気付きにくいことです。
たとえばあるフレーズの練習をしていると、すべての関心がフレーズのほうへ行ってしまい、自分の音色のクオリティが低下していることに気付かない。フレーズが「できた/できない」だけに注意を向けることで、悪いサウンドが定着するおそれがあるわけです。
これはフレーズにとってプラスの学習が、サウンドにとってはマイナスの学習になり得ることを意味しています。
同じように、フレーズ練習がピッチへのマイナスとなったり、タイム感へのマイナスとなったり、ということがつねに起こります。
また、エリックは「息で壁を支えるように」という表現もよく使います。サックスを吹くときは、目の前の壁がこちらに向かって倒れてくるのを息で支えるように想像するのです。
息の流れが途切れたら壁が倒れますので、常時息を吐き続ける。その「流れ続ける息」を舌で切っていくのがタンギングだというわけです。
これは意外に難しいことで、レッスンやクリニックでも、すぐに息が途切れてしまう奏者を多くみかけます。それはテクニック不足というよりは、息を吐き続けるフィジカルな能力が不十分なのだと考えられます。
さらに息の流れについてもマイナスの学習が成立し得ます。アーティキュレーションやフレージングを練習することが「安定した息の流れ」をテイクオーバーしてしまうからです。
●ゆっくりと
●慎重に
●正確に
●均等に
●すべてをコントロールしながら
というエリックの教えは、これらの「マイナスの学習」を最小化するための知恵だと言えるでしょう。
タクシーに乗るとき(降りるときもね)運転手さんに「トランクヲ、アケテクダサイ」と言うのがエリック的にはマイブーム。
でも「アケテ」のところが難しいようで、今日はメールの最後にこんな一文が。「Toranku o aite kudasai.」そこで「Toranku o "AKETE" kudasai !」と添削してあげたところ、丁寧な礼状が届きましたの。
「Shin'ainaru Yōsuke, Watashi ni kono jōhō o sōshin suru tame ni arigatōgozaimashita. Anata no kyōryoku ga hijō ni takaku hyōka sarete imasu. Attakai yoroshiku, Erikku」
日本語は難しい(笑)
※本人の許可を得て転載しています。2016年11月
投稿者 kurosaka : 2018年11月10日