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世にも不思議なネーミング

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YUN YUN(シャムシャム)の秘密  
 
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新幹線のホームにて

東海道新幹線の東京駅、静岡駅、名古屋駅、京都駅、新大阪駅などのホームに、YUN YUN(シャムシャム)という看板のかかった売店があります。

ご覧になった方は「これ何語だろう?」とか「どこをどう読めばシャムシャムになるんだ?」と思われることでしょう。

この不思議な屋号の名付け親は、実は私(黒坂)なんです。いくつものアクシデントが重なって、この名前は数奇な運命をたどることになりました。




ひとり10案のノルマ

1988年だったと思います。私は都内の某マーケティング会社(かりにM社としましょう)でコピーライターという仕事をしていました。

ある日、JR東海担当の営業がコピーライターの部屋へやってきてこういいました。

「新幹線のホームに新しく作る売店のネーミング案を出してください。ひとり10案お願いします」。

当時M社には10名ほどのライターがいました。10案x10名=100案をその日のうちに仕上げ、それを営業氏はJR東海へ持ち込む算段だったようです。

この手の依頼はそれまでも何度かあったので、私たちは慣れっこになっていました。特に気にとめることもなく、ただの作業として、ひとり10案を作って提出。自分がどんな案を出したかさえ、みんな忘れてしまいました。




ヤムヤムとジャムジャム

私は、自分のノルマ10案のひとつに、英語擬音語辞典からとった「Yum Yum」を加えていました。「おいしい」という意味です。

そして、この読みとして「ジャムジャム」と仮名をふったのです。辞書にある発音記号「j」はアルファベットの「J音」ではなく「Y音」であることを、うっかり忘れていたためです。

単語の綴りをよく見れば、「ヤムヤム」が正しい読み方だということは明らかです。でも、悲しいかな、ただの流れ作業、ノルマこなしの10案出しだったこともあって、きちんとチェックすることもなく、100案のひとつとして、JR東海へ提出してしまったのでした。




人災は忘れた頃にやってきた

それから何ヶ月かして(半年以上たっていたかもしれません)、その営業氏から、コピーライターの課長へ電話が入りました。

「すみません、いまJR東海さんからかけてます。以前につけていただいた名前なんですが、クライアントから質問が出ているんです。読み方の由来を教えてほしいと。今からFAXを送りますので、説明を書きそえて夕方までに送り返してください」。

届いたFAXに書かれていたその名前は、

 YUN YUN シャムシャム

さあ、10人のコピーライターは大騒ぎです。まず、このネーミングをしたのが誰かわからない。私を含めて全員が自分ではないと思っていた、というか、こんな仕事をしたことさえ忘れていたのです。

みんなで記録をひっくり返してみたところ、私のファイルから、例の「Yum Yum ジャムジャム」が発見されました。

これで「犯人」は分かったわけですが、さて当の本人である私も、なぜこれを「ジャムジャム」と読むのか分からない。参考にした資料を探しあて、「j=Y音」を読み間違えていたことに気付くまでに、半日かかりました。




看板の取り付けが始まっている

しかし、私の案は

 Yum Yum ジャムジャム

であって、

 YUN YUN シャムシャム

ではありません。きっとFAXの写りが悪くて「m」が「n」に、「ジ」が「シ」に読み間違えられたのでしょう(全部を大文字に変えたのはJR東海の人かしらん)。

ですから、私は訂正を申し出ました。綴りは「Yum Yum」が正解、読み方も「ヤムヤム」です。お詫びして訂正いたします、と。

ところがそれでは困るとのこと。すでに看板(切り文字)は完成し、新幹線各駅のホームでは取り付けが始まっている。

JR東海の問い合わせは広報部からで、PR誌へこの店を掲載するにあたって、読者から名前の由来を聞かれたときに備えて、とのことでした。




苦しまぎれの理由づけ

さあ、たいへんです。夕方までにもっともらしい「由来」を考えなければなりません。

そもそもこんなことになったのは、私の責任ではなくて・・・、と山ほどいいたいことはあったのですが、何しろ時間がない。誰かがやらなければならない仕事であれば、それは私なのです。

とにかくここは造語ということで切り抜けようと判断し、「YUN」は「Yum + Fun」つまり
「おいしさ+たのしさ」の合成語であると説明しました。

次は読みです。「ムシャムシャ」という擬音語を倒置したものという、どう考えても無理のあるこじつけで押し通すことにしました。

こうなったらヤケです。「YUN YUN」を「シャムシャム」と読ませることで、異国情緒を醸成し、食の多様性、豊かさ、広がりを演出しています、とかなんとか嘘八百を並べました。




疑問いろいろ

この「事件」については、いろんな疑問が浮かびますね。第一に、10案x10名=100案というような、乱暴な仕事をしてよいものか(ははは)。

第二に、いつのまにか「Yum」が「YUN」に変わったり、「ジャム」が「シャム」になったりと、どうしてこんなデタラメが起きるのか。

第三に、そもそも「Yum」を「ジャム」と読む奴が一番悪いという声もちらほら(ひらにひらに)。

第四に、最後の最後まで、誰も疑問に思うことなく作業が進んでしまう不思議です。JR東海では誰かが100案の中からこれを選び、看板を発注し、PR誌の校正まで終えた。受注した側も、切り文字を制作し、店鋪に取り付けてしまった。非常に多くの人間が関わったはずなのに、どうして誰も変だと思わなかったのか。

もっとも不思議なのは、かくも珍妙な店名が日本の大動脈である東海道新幹線ホームで、堂々と20年近くも看板をかかげ続けていることです。

テキトーに生まれたものが、テキトーに処理され、世の中に出ることもあるという、この世の不条理を感じてしまいますわね☆

投稿者 kurosaka : 2007年2月14日