つきささるハイノートの秘密
1999年に来日した、元メイナード・ファーガソン
楽団のリードトランペット奏者ウェイン・バージ
ロンのクリニック報告(1999.4.29〜5.9)。
【お知らせ】
二度目の来日2006年の公演レポートはこちら。
ハイノート・パラダイス
<ウエイン・バージロンの初来日>
東京ディズニーランドで、スピーカーからトランペット
の音色が聞こえたら、それはウエインかもしれない。
ロサンゼルスのスタジオで、今もっとも活躍しているト
ランペット奏者の一人、それがウエイン・バージロンだ。
ハリウッドの映画音楽、テレビドラマ、コマーシャル、
メジャー歌手の伴奏、そしてディズニーランドなど、決
して表舞台に立つことはないが、数え切れないほど多く
の人の耳に触れてきたウエインの音。
メイナード・ファーガソン・バンドほか超一流のビッグ
バンドでリードトランペットを吹いてきたので、ジャズ
ファンの中には彼の実力を知っているマニアもいるかも
しれないが、一般の人にはその存在すら知られてこなかっ
た。
その隠れた名人ウエイン・バージロンが、ゴールデンウィ
ークから2週間、日本各地でコンサート、クリニックな
どを行った。全国で大きな反響を巻き起こした衝撃の日
本デビューのもようを、彼のトランペット理論とからめ
ながらリポートしよう。
<高い音ほど口を突き出す ー4月29日ー>
大阪梅田のライブハウス「ロイヤルホース」で、グロー
バル・ジャズ・オーケストラと共演。ウエインのつきさ
さるハイノートに、バンドも聴衆も度肝を抜かれた。
「唇はクッションだ」、ウエインは言う。ハ
イノートを出すときに唇を横に引くと、マウ
スピースと前歯の間の肉が薄くなってしまい、
結果として唇を痛めやすい。だから、音域が
高くなればなるほど、口を前へ突き出すつも
りで吹く。唇をクッションとして利用し、そ
れによって唇をみずから保護するのが、ウエ
インのハイノート奏法だ。
<アパチュアは閉じない ー4月30日ー>
大阪梅田のドルチェ楽器で、トランペット・クリニック。
2時間半におよぶ熱のこもった指導は、おもにウォーム
アップとメンテナンス(日々のケア)についての講義だっ
た。
アパチュア(上唇と下唇のすき間)を平たい
形にしないで、なるべく楕円形になるようこ
ころがける。ウエインのハイノートが、「蚊
の鳴くような」か細い音ではなく、脳天につ
きささるような気持ちよさなのは、この楕円
状のアパチュアに秘密があるという。
トランペットという楽器は、唇を振動させて、
管でそれを増幅すると考えられてきたが、よ
い音はそういうメカニズムからは生まれない。
美しい音色を持つトランペット奏者は、アパ
チュアを大きく開け、息の流れを止めること
なく、管楽器全体を振動させて音を作るのだ。
<息を半分捨てる練習 ー5月1日ー>
金沢のライブハウス「もっきりや」で、地元のコンボと
共演。スタジオ・ミュージシャンとしての正確なリズム
感、歯切れの良いタンギングに酔いしれた。つめかけた
金沢大学モダン・ジャズ・ソサェティのメンバーも熱心
に聞き入っていた。
管楽器を習うとき、「思いっきり息を吸いな
さい」、「たっぷりの息で吹くように」と教
えられる。しかし、ウエインはこの呼吸法が
ハイノートの弊害になっているという。
「吸い込んだ息を半分吐き捨てて、それから
ハイノートを吹いてごらん」。たしかに高い
音を出すからといって、そんなに大量の息が
必要なわけではない。むしろ、多くの空気を
一気に送り出そうとすることは、体内の圧力
を高め、めまいの原因ともなる。
大切なのは息の量ではなく、そのスピードを
どうコントロールするかだ。だから、吸った
息を半分捨てて音を出す練習で、息の使い方、
体の使い方をつかむことが重要なのだ。
<基本はミドルC ー5月2日ー>
高岡市美術館のパティオ(中庭)で、フィールド・ハラ
ー・ジャズ・オーケストラと共演。無料コンサートとい
うこともあって、会場は幅広い年齢層の聴衆でうまった。
特にジャズファンが集まったというわけでもないのに、
ウエインのつきささるハイノートは理屈抜きに感動的で、
お客さん大喜びのコンサートとなった。
音域を広げる練習をする。基本となるのはミ
ドルC(チューニングで使う実音Bb)だ。こ
のアムブシュアをなるべくキープしたまま、
上下両方向に音域を広げていく。高い音は高
音用のアンブシュア、低い音は低音用という
のではなくて、いつでも「ミドルCのアムブ
シュア」で吹く練習をするのだ。
リップスラーや跳躍のトレーニングを、すべ
てミドルCのアンブシュアで行い、毎日少し
ずつ音域を広げていくことで、どんな曲にも
対応できる本物の音を身につける。
<きめ細かい観察 ー5月3日ー>
名古屋ナディア・パーク内アートピア・ホールで、レア・
サウンズ・ジャズ・オーケストラと共演。疲れを知らな
いウエインのハイノートが鳴りひびき、会場は騒然。
「日々の練習をただの作業にしてはいけな
い」。たとえばウォームアップをする時も、
たえず自分のベストコンディションと現在の
状態を比較し、確認しながら練習する。漫然
と音を鳴らしてはいけないのだ。
ここで細かな観察能力が必要となる。つねに
自分の音と体をチェックし、わずかな違いを
発見しては修正していく、そういう緻密なト
レーニングを積み重ねることが上達の秘訣だ
からだ。
ウエインはロサンゼルスのスタジオで、シン
セサイザーと一緒にプレイする機会が多くあ
る。そんなときに求められるのは、きわめて
正確なピッチである。なにしろ、相手はコン
ピュータ制御の楽器、それに正しい音程で合
わせるためには、並はずれた繊細な観察能力
が要求される。
<ベースの音を聞け ー5月4日ー>
静岡市民文化会館でスイング・ハード・ジャズ・オーケ
ストラと共演。コンサート全編、これハイノートづくし
の11曲。これでもかこれでもかとつきささるウエインの
音に、観客は陶然。コンサート終了後、楽屋にはサイン
を求める人の長い列ができた。
バンド全体のサウンドをまとめるために、リ
ードトランペットはベースを聞くべきだ。ウ
エインは、ビッグバンドで演奏する時に、い
つもベースのピッチに合わせて演奏する。バ
ンドの中で最高音を吹いている自分と、最低
音を受け持つベースが合っていれば、あとの
メンバーがとても演奏しやすくなるからだ。
トロンボーンやサックスも、リード奏者がベ
ースをよく聞いて、それに合わせた方がいい
のは言うまでもない。
<初見の重要性 ー5月5日ー>
東京府中の生涯学習センターで国際基督教大学モダン・
ミュージック・ソサェティに対するバンド・ワークショッ
プ。現在練習中の2曲の指導と、ウェインが持参したディ
ズニー「美女と野獣」の初見読み。
初見で大切なのは、音を間違えないことでは
なく、音楽の流れを正しくつかむことだ。初
見読みは音符読みのトレーニングではなく、
「音楽」を大きな視点から理解するための練
習と位置付けるべきなのだ。
日本のアマチュアバンドは、ひとつの曲を集
中的に練習することには慣れているが、それ
では「音符」を体が覚えてしまうため、音符
と音符の間につまった「音楽」を理解(=表
現)できない場合がある。
今自分が「レンガを積んでいる」と考える人
と、「大聖堂を建てている」ととらえる人と
では、同じレンガ積みという行為がまったく
異なる意味を持つ。同様に、音符を鳴らすの
と、音楽を奏でるのとは、明らかに違うこと
なのだ。
ウエインのようなスタジオ・ミュージシャン
は、早く正確に譜面を読むことが、職業とし
ての基礎技能である。しかし、初見読みに熟
達することによって得られるのは、音符の背
後に隠れた、音楽そのもののメッセージなの
だとウエインは言う。
<聞き合うこと ー5月6日/7日ー>
エリック宮城、外山昭彦、マイク・プライス、片岡雄三、
中川英二郎など在京のプロ ミュージシャンとセッショ
ンを行う。
「譜面から離れる練習をしなさい」、譜面の
達人ウエインが、意外な言葉を口にした。譜
面に没頭してはいけない、いつも演奏者同士
で聞き合うことが大切だ。サイド(2番、3番、
4番)を吹く人はリード(1番)を聞き、リー
ドはベースを聞き、リズム隊はホーンセクショ
ンの動きやボリュームを聞く。譜面から解放
され、お互いの音を聞き合ってはじめて、音
楽が生きたものとなる。
<自分が一番の先生 ー5月8日/9日ー>
神奈川県洗足学園短大ジャズコースおよび 千葉県富里
高校マッドハッターズに、ブラス・クリニックとバンド・
ワークショップを行う。中村誠一、香取良彦、原朋直な
どのプロミュージシャンとも親交を深める。
クリティカル(critical)という言葉を、ウ
エインはよく使う。直訳すれば「批判的」と
いう意味だが、ネガティブなニュアンスでは
ない。自分の演奏をクリティカルに聞く能力
を身につけよとは、先にもふれた通り、自分
のプレイを細かく観察し、チェックしながら
練習・演奏しなさいということだ。
先生から教わるのもいい、教則本で学ぶのも
いい、でも一番の先生は自分自身の中にいる。
毎日の練習をクリティカルに行うことで、自
分が自分にとって最高の教師となるのだ。
<再来日を期待しよう>
トム・クーバス、ボブ・フローレンス、マット・カティ
ングーブなど、アメリカ西海岸で活躍するビッグバンド・
リーダーが、メンバーとして迎えたいトランペット奏者
の筆頭がウエイン・バージロンだ。日本でほとんど知ら
れていないのは、彼のリーダー・アルバムがこれまでな
かったからだろう。しかし、近々、ウエインのリーダー
作が制作されるという。
また、今回のツアーで、多くの日本の聴衆に演奏を披露
し、その心をとらえた。今後の活動がますます楽しみな
ウエイン・バージロン。近い将来、再度の来日を期待し
たい。
ワールド・プロジェクト・ジャパン 黒坂洋介
付記:ウエイン・バージロン tp
映画「ロッキー」のテーマで有名なメイナード・
ファーガソン楽団でリード・トランペットをつと
める。同楽団でのウエインの演奏は、「ボディ&
ソウル」、「ビッグ・バップ・ヌーヴォー」、
「ブラス・アティテューズ」などのアルバムで聞
くことができる。
その後ウエインは、ポール・アンカのバンドに
迎えられた。さらに彼は自らの経験を広げるべく、
テレビ音楽に活動の場を求め、フランク・シナト
ラ80歳誕生記念番組、トニー・ベネット・ショウ、
エリザベス・テイラー60歳誕生記念番組などに参
加している。
また映画音楽では、ニゴシエーター、ポカホン
タス、アラジン、マスク、デヴィル・イン・ア・
ブルー・ドレスなどの録音に加わっている。歌手
との共演も多く、バリー・マニロウ、セリーヌ・
ディオン、ビリー・ジョエル、ダイアン・シュー
ア、ニール・ダイアモンド、フリオ・イグレシア
ス、メル・トーメ、アニタ・オデイなど数多くの
歌手と録音を行う。また、フランク・シナトラ、
ホイットニー・ヒューストン、ジョージ・ベンソ
ン、デイヴ・グルーシン、レイ・チャールズなど
とのテレビ共演も多い。
近年はロサンゼルスで多くのビッグバンドのリ
ードトランペットを吹いている。そのプレイは、
ビル・ワトラス、ボブ・フローレンス、トム・ク
ーバス、マット・カティングーブ、ボブ・カーナ
ウなどのアルバムで聞くことができる。
また、パシフィック・シンフォニー・オーケス
トラやハリウッド・ボウル・オーケストラ、ロサ
ンゼルス・フィルハーモニックなどクラシック楽
団との共演もある。
過去4年間、スイス・ユース・オーケストラの
講師陣の一人として指導に加わっている。 投稿者 kurosaka : 2004年03月15日 | トラックバック