ワールド・プロジェクト・ジャパン  〜 合奏音楽のための国際教育プロダクション 〜


マンハッタンが、ジャズびたし

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  2001年1月にニューヨークで開催された世界最大の
  ジャズ・コンベンションIAJE(国際ジャズ教育者協
  会 2001.1.10〜13)のレポート。


<ジャズの幼児教育>
10数名の男女が車座になる。参加者は全米各地のハイス
クールで教鞭をとるバンドディレクター。全員に一個ず
つ紙コップが配られる。床に伏せたコップを、講師のと
るリズムに合わせて、一斉に右隣へ渡して行く。

はじめは手拍子で、やがて「ファティマ、ファティマ、
ココンティーナ、ビノ、ソリ、コ、ジャーズィ」という
講師のエキゾチックな歌声に合わせて、コップを手渡す。
テンポがどんどん速くなり、うまく渡せない人が出てく
る・・・。

これは、西アフリカはガーナに伝わる子供の遊び。しか
しながら、音楽教育者であるバンドディレクターたちで
も、ついていくのがやっとという、楽しくも難しいゲー
ムである。手渡しのパターンを複雑にすることで、いく
らでも難しくできることが、講師から説明される。

このような遊びがいくつか紹介され、幼児教育にジャズ
を取り入れるためのヒントを学ぶのが、この講座の目的
である。


<IAJEとは>
国際ジャズ教育者協会(IAJE)とは、世界最大のジャズ
見本市。ミュージシャン、リスナー、ジャズ教育者、学
生、音楽産業が相互に情報交換を行う場として運営され、
今年で28回目を数える。

内容は、コンサート、セミナー、クリニック、ワークシ
ョップ、商品展示など高品質かつ最新のジャズ情報が発
信されている。ここへ来れば、世界のジャズシーンでい
ま何が起きているかを一望できる。

先に紹介した「ジャズの幼児教育」の講座は、数多く催
されているワークショップのほんの一例である。催し物
は全部でざっと270講座、ブース出展は200社あまり。こ
れらが4フロアの展示会場、9箇所のコンサート会場、7つ
のセミナールームで同時進行しているのである。


<多種多彩な講座>
楽器別のクリニックが数多くあるのはいうまでもないが、
その他にもいろんな講座が設けられている。

「クインシー・ジョーンズに聞く:ジャズの最前線」
「正しく楽しく気持ちよいジャムセッションのやり方」
「教室を出てジャズをマーケティングしよう」
「ジャズ・ジャーナリズムについて」
「フィル・ウッズと語るジャズの将来」
「コンテスト参加を最大限に活用するために」
「ジェイミー・エバソウルドのアドリブ入門」
「教育的ジャズ・フェスティバルの上手な運営の仕方」
「あなたのバンドをツアーにブッキングするために」
「ヨーロッパのジャズ教育事情」
「ボブ・フローレンスは語る:ビッグバンド曲の書き方、
 リハーサルの仕方」
「テレル・スタフォードの呼吸法講座:どうしてもっと
 息を使わないのか?」
「アントニオ・カルロス・ジョビン研究:そのメロディ、
 ハーモニー、リズムの革命」
「マザーグース・バンドによる子供のためのジャズ入門」
などなど、ユニークな講義がたくさん用意されており、
全米各地から集まった教師、アーティスト、音楽産業関
係者、学生などとの情報共有がはかられる。


<コンサートも一流ジャズフェス級>
参考までに4日間の期間中に私が聴いた演奏を以下にあ
げる。これでも全コンサートの一部にすぎない。アーテ
ィストの豪華さにおいても、一流ジャズ・フェスティバ
ルに勝るとも劣らぬ強力なラインナップといえよう。

1.Wallace Roney Quintet
2.Hall High School Jazz Ensemble
with Wynton Marsalis
3.Maria Schneider Orchestra
4.Slide Hampton's World of Trombones
5.New York University Concert Jazz Ensemble
with Frank Foster
6.Chuck Owens and Jazz Surge
7.Pat Metheny Trio
8.International Center for Creative Music
9.Vanguard Jazz Orchestra
10.Jazz Attacks Swedish Jazz Federation
11.CalArts Jazz Ensemble
12.The Florida International University
Faculty Jazz Quartet
13.Brussels Jazz Orchestra
14.US Army Blues
15.The Manhattan School of Music Afro-Cuban
Jazz Orchestra
16.Bob Mintzer Big Band
17.Sisters In Jazz Collegiate Sextet
18.New York Voices
19.Metropole Orchestra with Brecker Brothers
20.Sherrie Maricle and DIVA
21.Kirkwood Community College Jazz transit
with Bill Watrous
22.Stockholm Jazz Orchestra
23.John Fedchock New York Big Band
24.Billy Taylor Trio
25.Cassandra Wilson
26.Smithsonian Jazz Masterworks Orchestra
27.African American Jazz Caucus,
Jazz Oratorio "Rejoice! Rejoice!"
28.Eliane Elias with the Manhattan School of
  Music Ensemble


<国際化するジャズの世界>
「ヨーロッパのジャズ教育事情」というミーティングが
設けられた。フランス、オーストリア、イギリス、スペ
イン、ベルギー、オランダ、ノルウェー、フィンランド、
スウェーデンなどのジャズ指導者が、これからヨーロッ
パでどのようにジャズ教育を広めていくかについて話し
合う。非ヨーロッパ圏からも、アメリカ、オーストラリ
ア、メキシコ、そして日本からの参加者があった。

ヨーロッパではクラシック文化が巨大すぎて、ジャズを
普及するのが難しいこと、家庭内音楽教育の伝統がある
ため若年層に対して公教育でジャズを教えるには多くの
障害があること、などの報告がなされた。

一方、インプロビゼーション(即興演奏)というジャズ
特有のスタイルが「国際言語」たりうるとの認識では一
致し、自国の政府に働きかけて、ジャズ教育予算の増額、
ジャズ教育機関(学校)の設立などを推進しようとの意
見が出された。特に、ハイスクールレベル(12歳から18
歳)に対するジャズ教育が重要であると考える参加者が
多かった。

今回のIAJEには、スウェーデン、ベルギー、ノルウェー、
イスラエルなどさまざまな地域からバンドが参加し、演
奏を披露した。ジャズというアメリカの文化が、着実に
世界中へ浸透していることをうかがわせる。「ジャズは
すべての国境を越える」というセミナーも開催された。


<もっと日本からも参加を>
日本の音楽関係者に対しても、IAJEコンファレンスへの
参加を強くお薦めしたい。プロミュージシャン、プロダ
クション、ミュージックスクール、ジャズ・フェスティ
バル主催者、メディア関係者、さらには吹奏楽、マーチ
ングや合唱関係者も得るところがあるだろう。

また、私が強く感じたのは、各コンサート会場のサウン
ドの良さである。ホテルのボールルームを使っているの
で、決して音響はよくないはずなのに、演奏はナチュラ
ルかつクリアに聞こえる。PAオペレーターにとっても、
刺激になるイベントと思われる。


<情報公開の徹底>
「教育的ジャズ・フェスティバルの上手な運営の仕方」
というセミナー。ここでは、カレッジやハイスクールな
ど、学校単位でジャズ・フェスティバルやコンテストを
主催するノウハウを学ぶ。それも一般論ではなく、非常
に具体的かつ実践的な情報が提供される。

器材の手配、予算書の作成、アーティスト手配、交通や
宿泊の手配、契約書の作成、賞の設定、奨学金制度の設
立、広報宣伝活動、礼状の書き方と投函のタイミング、
リハーサル会場の準備など、細部にわたっていたれりつ
くせり、手取り足取りの指導である。しかも、実際のフ
ェスティバルで使った「出演依頼の手紙」「契約書」
「タイムテーブル」「スポンサーと提供物の一覧」など
のコピーを資料として配付してくれる。

一方、「コンテスト参加を最大限に活用するために」と
いうバンドディレクター向けのセミナーでは、コンテス
ト参加者へのノウハウが伝授される。審査員がどんなと
ころをどのように評価するのかを知るために、アメリカ
各地で行われているコンテストの審査表19種類を集め、
そのコピーを受講者に配付していた。

このように、実践的な情報を徹底的に公開するアメリカ
のやり方は、情報を「独占」するよりも「共有」したほ
うが、より多くのメリットをもたらすという哲学を背景
にしているのだろう。限られたパイを奪い合うのではな
くて、パイそのものを大きくしていこうとする試みとも
いえる。


<ジャズ教育とは>
「ジャズ教育」と聞くと、音楽家を育成する専門教育の
ことを考えがちである。けれどもIAJEでは、さらに踏み
込んで「リスナーの育成」も視野に入れている。ハイス
クール層のジャズプログラム開発に力を入れているのは
そのあらわれだろう。

また、冒頭に紹介した「ジャズの幼児教育」や、「イン
ターネットを利用した啓蒙」によって、ジャズ無関心層
へ積極的に働きかける道を模索している。さらに、「ジ
ャズは国際語」という考え方のもと、世界各国との相互
交流も進めている。

マンハッタンでのIAJEに参加して、身も心も「ジャズび
たし」状態。無数の情報と、出会いと、そしてインスピ
レーションを得ることができたと思う。

ワールド・プロジェクト・ジャパン 黒坂洋介

投稿者 kurosaka : 2004年3月15日